「AIに仕事を任せて、大丈夫なの?」
この不安には、実例で答えるのがいちばんだと思います。私の実例は、こうです。AIにファイルを消されました(らしい、が付くのですが)。何を消されたのかは、2ヶ月たった今も知りません。それでも私は今日も、AIに経費の書類を渡しています。
今日はこの事件の一部始終と、それでも使い続けている理由を書きます。AIを仕事に使いたいけれど、一歩が怖い。そんなあなたの判断材料になれば十分です。
3行だけ白状していた事件 — 月末事務の記事の、最後のほう
先に種明かしをしておくと、この事件、当ブログで一度だけ触れています。AIに月末の事務を任せている話の、最後のほうです。
▼事件に最初に触れた記事はこちら: 「月末の事務、誰かやってくれ」と思っているあなたへ。AIへの声かけ2つで、月2時間が浮くようになりました
https://komuroblog.com/ai-month-end-paperwork/
あのときは、3行で済ませました。書きながら、これは3行で済む話じゃないなと思っていたんです。事件そのものより、事件のあとの私の行動——正確には「行動しなかったこと」のほうに、AIと働くリアルが詰まっているからです。
今日は、その全編です。
「承知しました。では、以前、ファイルを削除した経緯があるので」
今年の6月ごろの話です。
私はいつものように、AIに事務仕事を頼んでいました。何かのまとめだったか、領収書まわりの処理(経費の書類のファイル名の付け直しなど)だったか。正直、何を頼んだのかは覚えていません。それくらい日常の、なんでもない作業でした。
返ってきた言葉が、こうです。
「承知しました。では、以前、ファイルを削除した経緯があるので」
一言一句この通りだったかは自信がありません。前の記事では引用を短く整えましたが、記憶にある流れは、この形です。謝罪でもなく、警告でもなく、業務連絡のテンションで、AIは過去の削除にさらっと触れてきました。
私はこの瞬間まで、何かが削除されていた(らしい)ことを、知りませんでした。
心の中は「えー!聞いてないんですけどー!」
前の記事には、このときの反応を「……え? 聞いてないけど?」と書きました。
白状すると、あれは清書です。実際の心の中は、こうでした。
「えー!聞いてないんですけどー!初耳ですけどー!」
消したことそのものより、消したことを本人がまったく隠していないことのほうが、しばらく飲み込めませんでした。隠しごとを白状された、というより、向こうは最初から隠したつもりすらない。私が把握していなかっただけ。そういう温度の、事務的な一言でした。
人間の職場でこれをやったら、ちょっとした騒ぎになると思います。でもAIの世界では、これが「引き継ぎ事項の共有」なんです。
消したのは前任者 — 世代を替えたら、発覚した
ここで補足です。私が事務を頼んでいるのはClaude(クロード)というAIで、料金や使い方は月末事務の記事に書いたとおりです。
Claudeには世代があって、私は今年の6月、旧型のOpus 4.8から新型のFable 5に切り替えました。そして削除をした(らしい)のは、旧型のOpus 4.8のほう。それを、切り替えたばかりの新型が、会話の流れの中で教えてくれた。というのが、私の理解です。
つまり、新入りが前任者の件をさらっと引き継いできた構図です。悪気はどこにもありません。新型はただ、丁寧に仕事をしただけなんです。おかげで私は、知らないままでいられた平和を失いました。
怖くて聞けなかった — 被害がいまも不明な理由
ここからが、いちばん書きたかった部分です。
「で、何を消したの?」
この一言を、私はその時、打てませんでした。怖くて聞けなかったんです。聞けば分かったはずです。相手は隠す気ゼロなので、たぶん正直に答えてくれたはずです。でも、その答えを受け止める心の準備が、その日の私にはありませんでした。
それから2ヶ月。何が消えたのかは、今も分かっていません。困った場面も、今のところありません。
「何かあれば、その時にまた気付くだろう」
そう思うことにしています。
ちなみにその日の会話は、そのまま続けました。削除の話題には触れず、何も考えず、通常営業です。頼んでいた作業は普通に終わりました。気にしてもしょうがない、というのが正直なところです。胸を張れる対応ではないことは、自覚しています。でも、これが実際の私の対応でした。AIとの付き合いのリアルは、こういう情けないところにあると思うんです。
それでも何も変えなかった — 新入社員でもやることなので
事件のあと、私が運用を変えたか。
何も変えていません。書類の渡し方も、頼み方も、事件の前のままです。
冷たい言い方に聞こえるかもしれませんが、何かを削除してしまうとか、成果物にミスがあるなんて、新入社員でも、やる気のない社員でも、やることです。人間を雇っても起きることが、AIでも起きた(らしい)。それだけの話で、AIだけを特別に責める理由が、私には見つかりませんでした。
ちなみに、私がAIに任せているのは、仕事の書類まわりだけではありません。プライベートでは、お金の管理も任せています。銀行口座の取引明細、証券口座の記録、家計簿アプリのデータ。お金まわりの記録を全部共有して、「FPくろこ」という名前を付けて、私専属のFP(ファイナンシャルプランナー。お金の相談相手)として働いてもらっています。
断っておくと、こちらは削除の一件とは別の場面の話です。FPくろこは、何も消していません。任せている範囲の実例として、これくらい生活に組み込まれている、という話です。
読者のあなた向けの保険も、前の記事に書いたものがそのまま使えます。大事なものは、渡す前にバックアップ(別の場所に取っておく、控えのコピー)を先に取る。あの事件から持ち帰る教訓は、まずそれに尽きます。
そして2ヶ月たって、教訓がもう一つ増えました。それが次の章です。
全部、指示の責任 — 賢い部下との付き合い方
増えた教訓は、これです。賢い部下は、正確に使う。
AIのミスは、私の指示が悪くて起きる。そう考えています。特にFable 5が出てからは、全部私の指示の責任だと思うようになりました。切り替えて実感したのは、指示への理解度です。こちらの言葉を忠実に実行してくれて、指示が不明確なときは、先に聞き返してくれる。それくらい、指示した通りのことは、指示した通りに返ってくるんです。あの削除も、たぶん私が「えいやー」で渡した何かの作業の中で、私の言葉のスキマを当時のAIなりに埋めた結果だったのだと思います。
私のAIへの付き合い方は、一貫して「自分より賢い部下」です。賢い相手に判断ごと預けて失敗した話は、前に架空編集部の記事で書きました。今回は、判断は渡していません。渡しているのは作業だけ。同じ「賢い」でも、預け方がまるで違います。
賢い部下に雑な指示を出せば、雑な結果が返ってきます。逆に言えば、指示の精度は、そのまま結果の精度になります。
それでも消されたくないあなたへ — 頼み方に足す、2つの一言
「それでも消されるのは嫌だ」という方へ。その感覚は、まっとうです。回避策は単純で、頼み方に一言足すだけです。
◇(1) 先に一覧を見せてもらう
「作業の前に、対象になるファイルの一覧を先に見せてください」
やる前に何が触られるのかが見えるので、消えて困るものが混ざっていたら、その場で止められます。
◇(2) 1つずつ報告してもらう
「1つ終わるごとに、何をしたか報告してください」
この一言だけで、いいんです。AIが勝手に先まで進む余地はだいぶ減ります。速さは少し犠牲になりますが、不安なうちは安心のほうが大事です。
私みたいに「えいやー」で任せる人も、いると思います。それはそれで、AIに慣れていくしかないかなと思っています。一手間を挟む派も、えいやー派も、続けているうちに自分なりの距離感ができてきます。
さいごに — 聞けていないこと、ありませんか
「AIに仕事を任せて、大丈夫なの?」。2ヶ月たった私の答えは、こうです。事故は起きます。人間の新人に起きるのと、同じように。そして事故のダメージは、AIの性能よりも、何を渡すか・どう頼むかという、こちら側の設計で決まります。大丈夫かどうかを決めるのは、あなたの渡し方なんです。
最初は小さな仕事から、1つずつ確認しながら。それで十分に戦力になります。
最後に、よかったら聞かせてください。
あなたがAIに(あるいは人間の誰かに)「怖くて聞けていないこと」、ありませんか。私の場合は「で、何を消したの?」でした。消えた何かの行方でも、放置している設定でも構いません。コメント欄に置いてもらえたら、集まった「聞けていないこと」は、私が代わりにAIに聞いてみます。人の分なら、怖くないので。
で、私自身の「あの日、何を消したの?」はどうするのかというと——たぶん、当分聞きません。知らないままで困っていない話として、ここに置いておきます。聞けないことが1個だけある相手と、今日も普通に仕事をしている。AIとの付き合いって、案外そういうものかもしれません。



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