「ブログくらい、AIが書いてくれないかな」
その願いを、僕は今年の春、いちど叶えてしまいました。この記事は、その白状です。読み終わるまで、あなたの「書いてくれないかな」を、ちょっとだけ預からせてください。
先に断っておくと、これはこむログの話ではありません。こむログを始める前、今年の春にやっていた、もうひとつのサイトの話です。今日まで、このブログでは触れてきませんでした。
まず、当時の「編集部」を紹介させてほしい
そのサイトには、編集部があった。
FX担当がいた。自動売買(機械にお金の売り買いを任せる、あれだ)で痛い目を見た僕には、ぴったりの人材だ。ブログ運営の担当がいた。プログラミングの担当もいた。主婦目線で副業を語る担当までいた。4人がかりで、副業の情報記事を毎日届ける。それが、そのサイトの「運営者情報」だった。
布陣としては、悪くなかったと思う。FXの記事はFXの担当が、節約や在宅の話は主婦目線の担当が受け持つ。読者の悩みごとに、専門の書き手が答える体裁だ。
ひとつだけ、問題があった。
——4人とも、実在しない
全員、この世にいない。
編集部そのものが、AIと僕がこしらえた作り話だった。考えたのは、僕じゃない。AIが編集部という設定を提案してきて、僕がそれを通した。
そのときの僕の感想を、そのまま書く。「そういうものなのかな?」。それだけだった。引っかかりもしなかった。疑いもしなかった。
なぜか。僕は、AIは自分より賢いと思っているからだ。これは今も思っている。だから「賢い相手がそう言うなら、業界ではそういうものなんだろう」と、判断ごと預けた。
念のため書いておくと、AIが悪いという話ではない。AIは頼まれた仕事に対して、たぶん合理的な提案をしただけだ。編集部がいるサイトのほうが、それらしく見える。実績のある書き手のほうが、信頼されやすい。全部、その通りだ。その「それらしさ」に実体がないことを問題だと思う係が、僕しかいなかっただけで。
<このとき学んだこと>
「相手のほうが賢い」と「相手に判断を任せていい」は、まったく別の話だった。賢い相手は、こちらが望みそうなものを出してくるのが上手いだけかもしれないんだ。
いま思えば、このサイトで最初に量産されたのは、記事じゃなくて人間だった。
夢は「AIブログで月100万円」
順番に説明させてほしい。
今年の4月、僕はAIに記事を書かせるサイトを立ち上げた。夢は、はっきりしていた。AIを使ったブログで、月100万円を稼ぐこと。
仕組みはこうだ。稼げそうなキーワード(検索されそうな言葉)を、行列に並べておく。AIが1本あたり4分半ほどで記事を生成する。毎朝4時、自動でサイトに公開される。僕が何もしなくても、記事の棚が勝手に埋まっていく。
月100万円の根拠は、いま思い出そうとしても出てこない。記事が増えれば、そのぶん稼げるはず。たぶん、その程度の掛け算だった。
こむログを読んでくれている人は、「おや」と思ったかもしれない。僕は3年前、ブログが10日続かなくて全記事を消した男だ。振り返れば、書き続けられなかった男が「書かずに済む仕組み」に飛びついた、という図だった。
<このとき学んだこと>
「続かなかったこと」への答えを、「続ける工夫」じゃなくて「やらずに済む仕組み」に求めた。このショートカットの気持ちよさが、あとで請求書になって返ってくるんだ。
いま思えば、あのキーワードの行列を、金の卵の列みたいに眺めていた気がする。
「ブログ歴5年・累計500記事」 — 嘘の実績が、毎朝4時に増えていく
そのサイトの記事の書き出しには、こんな一文が自動で入っていた。
「ブログ歴5年・累計500記事以上」
もちろん、そんな実績はどこにもない。サイトは生まれたばかりで、書き手は実在しない。歴5年の500記事は、編集部と同じ、設定だった。
毎朝4時に、その設定を名乗る記事が増えていく。
1ヶ月で、41記事。
そしてこの間、僕が自分から手を止めようとした形跡は、記録のどこにも残っていない。
<このとき学んだこと>
嘘は、自動化すると痛みが消える。手で1回書いたら胃が痛むような一文でも、仕組みが毎朝勝手に書くぶんには、何も感じなくなるんだ。
あの一文は、僕が自分で消すまでの3週間、毎朝公開され続けた。
僕は1文字も書いていない — 指示と修正だけの1ヶ月
はっきり書いておきたい。この41記事、僕は1文字も書いていない。
やっていたのは、AIへの指示と、出てきたものの修正だけ。3年前は「書けなくて」10日でやめた僕が、今度は「書かずに」1ヶ月続けた。皮肉なもので、書かないブログだけは、続いたんだ。
自動投稿は49回動いて、成功が37回。4回に1回は失敗する、なかなか愉快な機械だった。それでも、毎日出し続けるという一点では、僕の完敗だった。毎日記事を出す生活を、僕は10日しか続けられなかったので。
<このとき学んだこと>
「継続」は、仕組みで買える。でも、仕組みで買った継続には、中身が乗っていなかった。続いていたのは僕じゃなくて、パソコンの実行記録(何時に何が動いたかが並ぶだけの表)だった。
回っていたのは輪転機(新聞を自動で刷り続ける、あの機械)で、編集長は不在だった。
「架空の体験を書いて良い」 — 自分で書いた(らしい)指示を、僕は覚えていない
この一行を見つけたのは、じつは最近だ。こむログを始めたあと、昔のフォルダをAIと整理していて、出てきた。発掘品の中で、いちばん背中が冷えたものの話をする。
AIへの指示文の中に、こんな一行が残っていた。
「※編集部として架空の体験を書いて良い」
体験談をでっち上げてよし、という許可証だ。書いたのは、たぶん僕だ。ほかに書く人間がいないので。
でも僕は、これを書いた記憶がない。
冗談でも比喩でもなく、本当に覚えていないんだ。「魔が差した瞬間」みたいなドラマチックな記憶を探したのだけど、出てこない。たぶん、システムを整える作業の流れの中で、設定項目のひとつとして、さらっと書いた。それくらいの重さだったんだと思う。
<このとき学んだこと>
一線は、越える瞬間の実感がないまま越えられる。ズルは大きな決断の顔をしてこない。設定ファイルの1行の顔をして、作業のついでに紛れ込むんだ。
自分の書いた一行に、3ヶ月後の自分が青ざめている。
我に返らせたのも、AIだった
5月の頭、僕は架空編集部を全部削除した。運営者情報を実名に書き換えて、AIで記事を作っていることも明記した。
きっかけは何だったか。情けない話だが、ここの記憶も曖昧だ。たしか、別のAIに、これは良くないと指摘された——んだったと思う。
作れと言ったのもAI、やめろと言ったのもAI。僕はどちらにも「そうなのか」と従った。こうして並べて書くと、この1ヶ月、僕の判断はどこにあったんだろうと思う。
ただ、ひとつだけ自分を弁護させてほしい。いま振り返っても、「バレなければいい」と粘った記憶は出てこない。言われて、消した。それだけは確かだ。
<このとき学んだこと>
指摘されて素直に直せたのは、心のどこかで分かっていたからなんだ。「そういうものなのかな?」で通したものは、たいてい、そういうものではない。
削除ボタンを押す作業だけは、確かに僕の手だった。
「これ、誰が読むの?」 — 3年ぶり、2度目
編集部を消して1週間後。僕はサイトごと止めた。
止める直前に出てきた言葉が、これだった。
「いやAIが前面に書いてる記事なんて、誰が読むの!?」
こむログの第1話を読んでくれた人なら、見覚えがあるはずだ。3年前、雑記ブログの10日目に「……これ、誰が読むの?」とつぶやいて、アクセスがゼロなのを確かめて、全部消した。
▼第1話: 「今日も更新しなきゃ」に潰されたあなたへ。ブログを10日で全削除した僕の敗因は、たった1つの思い込みでした
https://komuroblog.com/blog-10days-quit/
同じ質問が、3年ぶりに、2度目に来た。
1度目は、自分で書いたものに読者がいなかった。2度目は、そもそも書いた人間がいなかった。形は逆でも、答えは同じだった。「誰が読むの?」に答えられないものは、続ける理由がない。
当時の記録には、こう書き残してあった。「実体験エッセンスなしの記事は弱い」。41記事ぶんの回り道をして、僕は3年前と同じ結論に戻ってきた。
<このとき学んだこと>
「誰が読むの?」は、書き方の質問じゃなくて、存在理由の質問だった。人間が書いても、AIが書いても、この質問からは逃げられないんだ。
2度も同じ質問をされて、ようやく僕は聞く耳を持った。
41記事の値段 — 消えたお金と、消えた1ヶ月
このサイトの収支を、正直に書いておく。
売上は、0円。発生の記録すらない。
PV(ページが何回見られたかの数字)がどうだったかは、白状すると、覚えていない。ちらっと見た気もするのだけど、何も記憶に残っていない。月100万円を夢見たサイトの成績を、僕は確かめた記憶がないまま店じまいした。
出ていったお金は、AIやツールの利用料の前払い分。使い残しのまま返金不可で消えたのが、ドルと円が混ざって合わせて5千円ほど。あとは記事1本ごとの画像生成に1ドル弱。金額だけ見れば、FXの100万円に比べたら、かすり傷だ。
高くついたのは、お金じゃなくて1ヶ月だった。この記事を書くのに当時を思い出そうとして、気づいたことがある。例の一行を書いた場面も、やめると決めたきっかけも、成績の数字も、僕はこの1ヶ月の節目をことごとく覚えていないんだ。思い出せるのは、指示と修正をして、毎朝4時の輪転機を眺めていたことぐらい。
<このとき学んだこと>
失敗の値段は、金額だけでは測れない。いちばん高い買い物は「覚えてすらいない時間」だった。失敗談にすらならない時間が、いちばんの損失なんだ。
こうして記事にして、ようやく1ヶ月ぶんの元が取れた気がしている。
さいごに — いまもAIとブログを書いている僕が、言えること
最後に、白状をもうひとつ重ねます。
これまでの記事で、僕はこのブログを「二度目の挑戦」「3年ぶりの再開」として書いてきました。嘘ではありません。ただ、全部でもなかった。こむログの前に、この「ブログの形をした無人の新聞社」が1ヶ月だけ存在していました。あれを「ブログをやっていた」と数えなかったのは、1文字も書いていないものを、自分のブログと呼べなかったからです。
並べておきます。
・1度目(3年前):自分で書いて、誰も読まなかった。10日でやめた
・2度目(今年の春):誰も書いていないものを、量産した。1ヶ月でやめた
・3度目(いま):自分の体験を、AIと書いている。1ヶ月たって、続いている
そして、これが今日いちばん言いたかったことなのですが——僕は今も、AIと一緒にブログを書いています。きのう公開した記事のとおり、月末の事務も任せています。AIから離れる、という反省の仕方をしませんでした。
▼きのうの記事: 「月末の事務、誰かやってくれ」と思っているあなたへ。AIへの声かけ2つで、月2時間が浮くようになりました
https://komuroblog.com/ai-month-end-paperwork/
変えたのは、分担です。体験するのは僕。何を書くか決めるのも僕。AIは、それを文章にする作業を手伝う係。あの春と役割がちょうど逆になりました。ぜんぶをひっくるめると、こうなります。
誰も書いていないブログ = 誰も読まないブログ。
AIは道具として本当に優秀です。でも、書き手の席に座らせた瞬間、そのブログには誰もいなくなる。存在しない編集部員4人が、身をもって教えてくれたことです。
明日の朝5時には、シリーズの完結編を公開します。「AIと46個の戦略を検証して、インデックス投資に白旗を上げた話」。AIに稼がせようとした話の総決算で、「それでもAIに何とかしてほしい」が頭から離れない人にこそ読んでほしい内容です。
ここからは、募集です。架空の部下を4人抱えていた男が言うのも変な話ですが、あなたの「AIにやらせて、やらかした話」をコメントで聞かせてもらえませんか。「量産を考えたことがある」でも、「AIの文章をそのまま送って気まずかった」でも。この記事のコメント欄だけは、実在する人間の失敗談で埋めたいんです。笑
さいごに、冒頭で預かった「書いてくれないかな」を、お返しします。AIは、書いてくれます。本当に上手に書きます。ただ、そこにあなたは残りません。僕の41記事が、そうだったので。


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