「今日も更新しなきゃ」に潰されたあなたへ。ブログを10日で全削除した僕の敗因は、たった1つの思い込みでした

夜の部屋でパソコンの前に座り込む男性の後ろ姿。設定1週間・更新10日・アクセス0の文字入りアイキャッチ 副業の失敗と学び

「今日も、ブログ書かなきゃ」

あの10日間、毎日そう思いながらパソコンを開いていた。仕事のあと、疲れた頭で「今夜は何を書こう」と絞り出して、1時間以上かけて1本書く。それでも「継続こそ力」と信じて、次の日もまた開く。

——もし今、同じ気持ちでパソコンを開いているなら。これは3年前の僕の話で、たぶん、いまのあなたの話だ。

先に断っておきたいことがある。これから書くのは「ブログで挫折しないための一般論」じゃない。2023年にブログを始めて、10日で全記事を削除した僕が、自分の敗因を解剖するだけの記事だ。あなたに当てはまるかは、わからない。でも、同じ思い込みで苦しんでいる人が、たぶんいる。

話は盛らない。都合の悪いところも、省かない。それだけは約束します。

結論 — 僕を止めたのは「毎日更新の呪い」だった

先に結論を言ってしまう。

僕の敗因は、「毎日更新しなきゃいけない」という思い込み。これ1つだ。

もちろん、教科書的に見れば他にも間違いだらけだった。ジャンルを選んでいなかった。売る商品も決めていなかった(アフィリエイトの登録すら、していない)。読者が誰かなんて、考えたこともなかった。

でも、です。

僕を実際に止めたのは、そこじゃない。「毎日書かなきゃ」と自分に課したノルマが、開始10日で心を折った。ジャンル選びの失敗に気づく前に、燃え尽きたんだ。

僕はこれを「毎日更新の呪い」と呼んでいる。誰にかけられたわけでもない。自分で自分にかけた呪いだ。ここから、その顛末を順番にお見せします。

2023年8月 — リベ大の動画と、根拠のない自信

始まりは、2023年8月。

リベ大(お金の勉強で有名なYouTube、あれだ)の動画で、ブログアフィリエイト(自分のブログで商品を紹介して、売れたら紹介料が入る仕組み)で稼いでいる人たちがいると知った。

「やってみたい」と思った。理由は単純で、活字の本はそれなりに読むし、文章を書くのは得意な方だと思っていたから。頭の中では、もう稼げたあとの皮算用が始まっていた。

今思えば、この「得意な方だと思っていた」が、すでに怪しい。本を読むことと、読まれる文章を書くことは、まったくの別物なんだ。でも当時の僕は、それを知らない。

<このとき学んだこと>

「文章が得意」と「読まれる文章が書ける」は、別の能力だった。このズレに気づくために、僕はこのあと、お金と10日間を払うことになる。

根拠のない自信だけは、あった。

準備 — 設定だけで1週間、書き始める前に息切れした

リベの教えどおり、ConoHa WING(ブログを置くためのレンタルサーバー、土地みたいなもの)を1年契約した。たしか1万円くらい。テーマ(ブログの見た目の着せ替えみたいなもの)は、hitodeblog(ブログの始め方を教えてくれる、ヒトデさんという有名ブロガーのサイト)で紹介されていた有料のJINというやつを買った——気がする。

買ったかどうかの記憶すら、もうそのくらい曖昧だ。

一番大変だったのは、記事を書くことじゃなかった。設定だ。プラグイン(ブログに機能を足す部品みたいなもの)を入れて、パーマリンク(記事ページの住所の決め方みたいなもの)を設定して。全部が人生で初めての作業で、調べては戻り、調べては戻りを繰り返した。

気づけば、設定だけで1週間かかっていた。

そしてここで、良くない心理が働く。「これだけ時間をかけたんだから、なんとしてでもやらなくちゃ」。始める前から、もう引くに引けなくなっていたんだ。

<このとき学んだこと>

先にお金と時間をかけるほど、「やめる」という選択肢が消えていく。あの「元を取らなきゃ」は、やる気に見えて、ただの重りだった。

正直、書き始める前から、もう疲れはじめていた。

開始 — 毎日更新の10日間、運転中もネタを探していた

リベの動画やブログ、hitodeblogを読んでいたから、「専門的なブログの方がいい」というのは知識として知っていた。でも、何を書けばいいのかがわからない。それで「とりあえず雑記でもいいよ」という言葉の方に飛びついて、雑記ブログ(テーマを決めずになんでも書くブログ)として走り出した。

ノルマは、自分で決めた。毎日1記事。

1記事書くのに、1時間以上かかった。仕事の合間に文章を考えて、車の運転中にネタを思いついたら音声メモに残した。努力だけは、ちょっとしていたんだ。

でも冷静に振り返ると、おかしいのはここだ。何を書くかより、「今日も書くこと」自体が目的になっていた。

<このとき学んだこと>

ノルマは、いつのまにか読者のためじゃなく、自分を安心させるための儀式になる。「今日も書けた」の安心のために、僕は書いていた。

それでも10日間は、本当に毎日書いた。

何日目だったか、広島 — 夜9時のホテルで、それでも書いた

その10日間の途中で、忙しい仕事と広島出張が重なった。

ホテルに着いたのは、夜の8時か9時。普通ならそのまま風呂に入って寝る時間だ。でも僕の頭に浮かんだのは「今日、記事更新してないな」だった。翌日も朝から仕事なのに、そこからパソコンを開いて、書いた。

何を書いたか。

「出張で広島にきたよ」——という記事だ。

今思うと、恥ずかしい。疲れた体で夜遅くに書き上げた渾身の1本が、誰の何の役にも立たない「広島にきたよ」。それでも当時の僕は、頑張って更新したつもりだった。

<このとき学んだこと>

呪いの怖いところは、努力している実感だけは本物なこと。頑張ってはいる。ただ、その頑張りが誰のためでもなかった。

かかっている本人には、呪いは見えないんだ。

10日目 — 「……これ、誰が読むの?」

10日目、ふと指が止まった。

「……これ、誰が読むの?」

頭が、すっと冷めた。確かめるように、自宅のパソコンでアナリティクス(ブログに何人来たかを数える無料ツール)を開いた。

数字は、0。

その日だけの話じゃない。10日間、ずっと0だった。頑張って時間をやりくりして、出張先のホテルでまで書いたのに、ただの1人も来ていなかった。

そりゃそうだ。存在を誰にも知らせていないブログの「広島にきたよ」を、わざわざ読みに来る人なんているはずがない。読まれない。ネタも尽きかけている。その挟み撃ちに、10日目の僕はあっさり降参したんだ。

<このとき学んだこと>

アクセス0は、才能がない証明じゃなかった。誰にも知らせず、誰の役にも立たないことを書いていた、それだけの当然の結果だった。

毎日更新は、ここで終わった。

最後 — 全記事を削除して、誰にも言わずに終わった

そこからの行動は、早かった。

記事を全部削除して、ブログごと閉じた。

10本の記事は、この世のどこにも残っていない。始めるとき誰にも言わなかったから、やめるときも誰にも言わなかった。世界中の誰も、僕がブログを始めて挫折したことを知らない。静かに始まって、静かに消えた。

1年契約したサーバーは、3週間もたたずに用済みになった。

なぜ削除までしたのか。頑張った形跡が恥ずかしかったんだと思う。本当のところは、もう思い出せないけれど。

<このとき学んだこと>

誰にも言わずに始めると、やめるのも一瞬で済んでしまう。「見られている」がゼロだと、続ける理由も、踏みとどまる理由も、ゼロになる。

失敗の痛みより、恥ずかしさが勝つことって、あるんだよね。

もう1つ白状する — 仲間はいたのに、相談できなかった

実はこの話には、もっとカッコ悪い続きがある。

僕はこのとき、ABCスペース(ヒトデさんたちが運営する、ブログ仲間のオンラインコミュニティ)に入会していた。目的ははっきりしていて、一緒に始める仲間が欲しかったから。挫折しそうなときに「一緒にやりましょう」と言い合える場所があれば続けられる、と思ったからだ。

つまり、挫折対策までしていた。

でも実際に挫折したとき、僕はそこに一文字も書き込めなかった。周りは1ヶ月、2ヶ月と続けている人たちばかりで、書き方とかアナリティクスの見方とか、被リンク(他のサイトから貼られるリンクのこと)がどうとか、レベルの高い質問が飛び交っていた。それを横目で見ながら、こう思ってしまった。

「10日でやめた僕が、相談するレベルじゃない」

相談するために入った場所で、相談する資格がないと感じていた。ABCスペースは何も悪くない。悪いのは、挫折した人間ほど書き込めなくなるという心理を見落としていた、僕の設計だ。

結局ABCスペースも退会して、リベシティ(お金の勉強全般のコミュニティ)だけが残った。ブログ専用じゃなかったから、居場所として残せたんだと思う。

<このとき学んだこと>

コミュニティは、入るだけでは保険にならない。挫折してから初めて書き込むのは、挫折する前に書き込んでおくより、何倍も難しい。

一番相談すべき人間が、一番相談できない。あの部屋は、僕にはそういう場所になっていた。

このABCスペースの3ヶ月は、入会から退会までを1本の記事に全部書いた。名古屋の作業スペースまで行ったのに、誰もいなかった日の話も。

▼「その場所に行けば、何かが変わる」と勘違いしていた僕へ。仲間を求めて入会して、書き込み0回で退会した3ヶ月の話
https://komuroblog.com/blog-community-3months/

当時の自分に言うなら — 「毎日書かなくていい。1人に読まれたら勝ちだ」

さて。ここまでが、僕の挫折の全記録だ。

繰り返すけど、これは一般論じゃない。ジャンル選びで詰まる人も、書くこと自体が苦痛でやめる人もいると思う。でも僕の場合は、こうだった。

僕の敗因 = 「継続」を「毎日」と読み違えたこと。

記事だけなら、数日に1本のペースでなら書き続けられたと思う。実際、運転中にネタを音声メモする習慣は最後まで続いていたんだから。忙しい仕事の隙間に「毎日」をねじ込もうとしたことだけが、無理だった。

そしてもう一つ。もしあの10日間に、たった1人でも読んでくれる人がいたら。「見てくれる人がいるんだな」と思えたら、それを励みに、もう少し続けられた気がする。だから当時の自分に言えるなら、こう言いたい。

「毎日書かなくていい。だらだらでいい。1人に読まれたら勝ちだ」

これが正解かどうかは、わからない。ただ、10日で全削除した男の反省としては、これがすべてなんだ。

さいごに — 3年たって、また書き始めた理由

この記事を書いているのは、2026年。あの全削除から、まもなく3年になる。

見てのとおり、僕はまたブログを書いている。性懲りもなく、二度目の挑戦というやつだ。ただ、今回は前回と決定的に違うことが2つある。

1つ。毎日更新しない。数日に1本でいいから、読んだ誰かの役に立つ記事だけを書く。

2つ。今回はひとりじゃない。AI(Claudeという、文章の壁打ち相手になってくれる相棒みたいなもの)にネタ出しや構成を手伝ってもらいながら書いている。「今夜は何を書こう」と絞り出していたあの苦しさが、今のところ、ない。

「今日も、ブログ書かなきゃ」

冒頭のこのつぶやきを、今の僕はもうしていない。かわりに「これは誰かの役に立つかな」と考えながら書いている。同じ「書く」なのに、しんどさがまるで違うんだ。

自分でかけた呪いは、自分でしか解けない。解き方は、拍子抜けするほど簡単だった。「毎日」を、やめただけ。

10日で消えたあのブログは、恥ずかしい思い出だ。でも、あの挫折がなかったら、この記事は書けなかった。挫折した人にしか書けない記事から始められるのは、挫折した人間の特権だと思うことにしている。

失敗は、ちゃんとネタになる。

次回は、僕の失敗の中でいちばん高くついた話を書きます。

「FX自動売買で、100万円がある朝ゼロになった話」

▼公開しました: 「ほったらかしで増えるなら」と思ったあなたへ。50万円が100万円になって、ある朝0円になった話

▼2度目の挑戦で、同じサーバーをもう一度契約した話も書きました: 「もう一度ブログをやりたい」あなたへ。1年契約を3週間で無駄にした私が、2度目もConoHa WINGを選んだ理由と全手順

お金が増える快感と、溶ける速さを、実際の数字で正直に書きます。「自動で稼げる」という言葉に少しでも心が動いたことがある人の、ブレーキになれたら嬉しいです。

最後に、ひとつだけお願いを。

あなたのブログ挫折談(または続かなかった何か)、コメントで教えてください。

「3記事でやめた」でも「下書きのまま1年眠ってる」でも、なんでも。10日で全削除した僕より短い人はたぶんいないので、安心して晒してください。先に恥をかいたのは僕です。お互いさま、ということで。笑

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